【プロフェッショナル】岩井仁さんの妻との絆と作ってきたものは?

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【プロフェッショナル】岩井仁さんの妻との絆と作ってきたものは?


出典:https://www.city.ota.tokyo.jp/sangyo/kogyo/ikusei/kousyou_sidou_soudan/sessaku/kosho-iwai.html

こんにちは!kouです。

11月30日22:30~放送の『プロフェッショナル 仕事の流儀』に登場の旋盤職人、岩井仁さん。

85歳になっても現役で真っすぐ仕事に向き合っている姿にグッと引き込まれました。そんな岩井さんの話し方は江戸っ子のとても穏やかで、奥さんとの掛け合いものほほんと♪あ~、いい歳の重ね方をされてきたんだな」と「こんな夫婦になりたいな」と思いました。

 

そんな岩井さんはこれまでにどんなものを作ってこられたんでしょうか?また、二人で腕を組んで歩く姿がステキでしたが、奥さんとの絆とはどんなものなのでしょう?

岩井さんのお仕事と奥さんとの関係が気になりましたのでお伝えしたいと思います。

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1 岩井さんのプロフィール


出典:https://medis-salon.jp/27099/.html

 

名前:岩井 仁(いわい まこと)

生年月日:生年月日は公表されていませんが、85歳という事で1935か1936年生まれでしょうか?

職業:有限会社岩井製作所の旋盤職人

職歴:1971年~現在まで

 

現在85歳の岩井さんは、今から50年前の35歳の時に旋盤職人としての道を歩み始めたんですね。

 

『職人』という事で代々受け継いでこられた家業だと思いましたが、岩井さんおお父さんは板金業だったそうです。インタビューでは次のように記されています。

父の代から、この土地で板金業を営んでいた。だが岩井さんは「若いころは職人を継ぐつもりはなかった」と話す。というのは岩井さんの父親は東京・神田の生まれで、宵越しの金はもたない典型的な江戸っ子。苦労し通しの母親は、いつも岩井さんに「お願いだから、勤め人になってくれ」と言っていた。

母の頼みをきいて、一度は会社員となったが、やがて職人の血が騒いだ。旋盤ひとつを購入して、腕ひとつで稼げる金属加工の世界に入った。

引用:https://wedge.ismedia.jp/articles/-/4005?page=2

なるほど!35歳の時に自身で旋盤を一つ購入して、自身の腕を磨いていったんですね。

番組では、「てめぇ今やってんだから飯が食えるようにしなきゃだめじゃん」という言葉も印象的でした。周りでは辞めた人や亡くなった人もいる中で、自身にそんな言葉を投げかけながら覚悟を持って歩んでこられたんですね。

 

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2 今まで携わってきたものとは

番組でも多数紹介されていましたが、岩井さんは私たちの命を支える様々なものに携わってこられました。

 

初めての大きな仕事は原子力の部品。この仕事を受けた時には次のような状況だったと言います。

依頼主からは「20万人の命に関わる部品だから」と念を押された。失敗する夢を見て、夜中に目覚めたこともあった。

引用:https://wedge.ismedia.jp/articles/-/4005?page=2

 

 

想像してみてください。自分の仕事でもし万が一不備があった時には20万人の命に危険が生じるかもしれない。。

 

そんなたくさんの命が、自分の手にかかっているんです。

 

何度も何度も作り直したのでしょうか。でも材料費はかかるし、再三試している場合じゃないでしょう。何度も何度も図面を見て、手に汗を握りながら挑んだのでしょうか。『成功した』と思えるまでどれだけの月日、不安な日々を過ごしたのでしょう。


出典:https://wedge.ismedia.jp/articles/-/4005?page=2

 

岩井さんの手に全てが掛かっていたといっても過言ではありませんよね。

 

そんな状況の中、岩井さんはその仕事を完璧に仕上げました!!

 

原子力の仕事は儲からなかったという岩井さんですが、その完璧な仕事ぶりが評価されて新幹線の部品の仕事が舞い込んできたと言います。

 

また、瀬戸大橋の吊り橋ワイヤー制御装置の重要部品も手掛けられたそうです。

出典:https://www.kurashiki-tabi.jp/see/213/

関西に住んでいる私にはとても馴染みのある橋ですが、本州の岡山と四国の香川を結ぶ橋で、写真のように途中の島にも渡れるようになっています!

近くで見ると圧巻で、私は岡山側の展望台からしか見たことがありませんが、キレイな空と海と島々に渡る瀬戸大橋。あの橋も岩井さんの技術が支えているのかと思うと、小さな町工場の一人の手の仕事のすごさがわかります。

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3 一緒に歩んできた奥さんとのエピソードが温かい

岩井さんには2人のお子さんと茂子さんという奥さんがいらっしゃいます。

茂子さんは87歳。岩井さんと一緒に二人三脚で歩んできた人生。

ついつい、同じ女性・2児の母として奥さん目線で見てしまいますが、旦那さんが大きな仕事を抱えプレッシャーで夜にも何度も目が覚めるような状況の時、奥さんはどのような気持ちだったのでしょうか??

 

きっと2人で不安になっていては子育てもあるし生活が成り立たなかったでしょう。岩井さんが仕事に専念できるように支えていたのかもしれませんね。奥さんとして頭が下がります。

 

そんな茂子さんは、お子さんも手が離れた今、いつも工場の定位置に座り『監視』しているのだそう(笑)「施設に入った方がいいんじゃないか?」という声にも岩井さんは「張り合いってもんがある」という。一人で淡々と作業をするよりも、『何をするわけでもなくただそこに誰かがいる』という事がお互いに支えあって今でも現役で続ける事ができている理由の一つかもしれませんね。

 

「どこにもやらないよ。俺と一緒にいるんだよ」と約束したというお二人。

 

言葉になりません。2人が腕を組んで歩いている姿に感動してしまいました。

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まとめ

1 岩井さんのプロフィール

2 今まで携わってきたものとは?

3 一緒に歩んできた奥さんとのエピソードが温かい

 

岩井さんというのは、職人として人としてとても魅力のある方ですね。日本のこれまでの成長を支えてきた岩井さんの手。奥さんとのエピソード。人としてとても魅力のある方ですね。

一度会いにいきたいと思わせていただける素敵な岩井さん。これからも一日も長く奥様とお仕事を続けていられることを願っています。

 

 

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